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こちらの記事を受けてのエントリ。

「飲みたくならない街」東京
http://m.huffpost.com/jp/entry/5210135

飲む場所としての東京の「環境」は、あまり楽しくないのではないか、という話。

その理由として、ここでは東京の企業社会での独特の酒席文化が挙げられています。空気を読み、目上の人の顔色を伺うストレスフルな酒席文化。そして、そのような文化があるためか、東京の飲む「場」のイメージ自体が暗いとも。

確かに、今でもパワハラやセクハラが横行している職場はあるし(その多くは多分無自覚)、それが飲みの席にも持ち込まれることも多々あるでしょう。会社関係でない飲みの席でも、それを持ち込む人もいるし。

けれども、東京の酒席文化がそれだけかというとそうでもない。むしろ、そのような企業社会とは全く無関係なところで育っている飲み文化が沢山あるからです。もちろん、「日本の酒席文化は抑圧的で暗いところがあるように思われるのなら、それを緩和していこう!」って考える人もいるかもしれないけれども。

野球場でビールを飲みながら観戦したり、天気のいい日にピクニックに行きたいとか、日本ではそっちのが楽しいっていう話の流れになっていく。それはとても健康的だし、個人の趣味や求めるものがそこにあるのは分かるのですが、その楽しさが日本の酒場文化のネガティブさに対置されている構造になっていて、それはそれでもったいないなと思うわけです。

東京の飲み文化はもっと多様だし、探せば気に入る場所もきっとある。企業社会と対局にあるような場所もあるし、暗さなんて全然感じない場所もある。音楽の趣味が合う店だって見つけられるだろう。もしかしたら東京の酒場は、「隠れ家」的な要素が強いとは言えるかもしれなくて、それが嫌な人もいるかもしれないけれども。

サードプレイスとしての居酒屋文化は独特のものがある。確かにその「場」で培われた文化みたいなものがあって、それが自分に合わないところが多いかもしれないけれども。例えば、著者が気持ちの良い酒場として挙げているバンコクとかプエルトリコの雰囲気に近い場所だってあるのではないだろうか。そういう場所を探索すること自体が、東京の飲み文化の楽しみ方のひとつなのように思える。

つまり、何が言いたいのかというと、東京の飲み屋カルチャーの幅の広さや多様さは中々のものがあるし、もしかしたら、ビールを飲みながら野球観戦するのも、天気のいい日にピクニックに行くことだって、その多様さの一部でもあるのではないだろうか、ということなのだ。

それらの突き抜けた明るさを持つ飲み方と東京の飲み屋カルチャーを対置することで、見えなくなってしまう多様なものがこの東京という街にはあるのではないでしょうか。

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