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パッケージツアーなどに代表されるマス・ツーリズムは、海外旅行を一般的なものすることに貢献した。だがそれは、ホストとゲストの不平等な関係性が土台となっており、新しい植民地主義の形態だという批判的な論調も生んでいたのだ。

そのため、そのマス・ツーリズムに批判的なスタイルの新たな観光形態が模索されたのだが、そこで見出されたのが「バックパッキング」という旅行スタイルだった。

イスラエルの社会学者、エリック・コーエンは、バックパッカースタイル旅行の特徴を以下の4つだと定義している。1.長期間、2.最低限の予算、3.行き当たりばったり、4.ローカルバスなどで移動、の4つだ。

コーエンは、いわゆるパッケージツアーなどのマス・ツーリズムに対するオルタナティブな旅行スタイルとして、「バックパッキング」を見出した。

現地社会に過大な負荷をかけず、対等な関係性を構築することが可能な非制度化された形態の観光スタイル。それが「バックパッカー」だと脚光を浴びることになったのだ。

けれども現在、もともとは「常道をはずれる」「現地の文化に浸る」という特徴を備えていたバックパッカーたちが、皆が同じルート、宿、経験を消費するようになってきている。それが意味するのは、バックパッキングがマス・ツーリズムへと変化してきた、ということだろう。

また、自文化に包まれながら、異文化を経験して共感を作り出すプラットフォームのようにも変化している。ある程度、主体性が保たれたかたちで、巨大な生簀の中を自由に泳ぎまわる養殖魚のような旅行スタイルへとバックパッキングは変化したのだ。もはやそこには、オルタナティヴとしての役割はほぼ喪失している。けれどもそのことは、批判されるようなことではない。

例えば、カウンターカルチャーがその攻撃対象(メインカルチャー)を失い、サブカルチャーとして消費スタイルの選択肢のひとつになっていったのと同じ変化だということができるからだ。いうなればこの変化は、バックパッカースタイルの「成熟」とも呼ぶことができるのではないか。オタクカルチャーがコミュニケーションのプラットフォームになったのと同様に。

そのバックパッカーが作り出した「成熟」したインフラを使用しているのが、一部の「ノマドワーカー」(私)だ。彼ら(私)は、ヒッピーからバックパッカーに引き継がれ、生成し発展させてきたインフラを、自らの仕事や生活の場として活用している。このような生活をしている人びとは現在、様々なレイヤー(例えば収入の規模とか職種とか)に存在している。

この状況は、バックパッカーがまだマス・ツーリズムの一形態になる前の状況と重なるところがある。ヒッピーやバックパッカーたちが歩んで培ってきた、ゆるいコミュニティのプラットフォームを作っていくこと。それがこれからの「ノマドワーカー」の潮流になるのではないか。「成熟」したバックパッカースタイルがコミュニティを生成する装置のようなものになったのと同様に、ノマドワーカーもおそらく、近い将来、同じような道を歩む可能性があるのではないかと思われるのだ。