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1.

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ダハブのことを知ったのはいつの頃だったか。記憶に残っているのは、インドの聖地・バラナシを旅している時、泊まっていた久美子ハウスという安宿のドミで「ダハブ」というゲームをみんなでやった時のことだ。町民の中に王さまが隠れていてそれが誰かを見つけるというゲームだったが、そのゲームの名前になっているダハブという場所に、いつの日か行ってみたいと認識するようになっていた。それからどれくらいの年月が流れただろう。その願望は長い間、叶えられることはなく、たくさんの発芽しない種子のように、僕のなかに残っていた。

その時に発するダハブへの憧れのような気持ちは、このもう2年目になる世界一周の旅のなかで、あまりに自然に結実することになる。一度の帰国のあと、ハンガリー、スロバキア、オーストリア、イタリアと旅した僕は、その次の行き先として、エジプトを選ぶことになったのだ。そして、その最大の目標は、ピラミッドではなく、現在、治安が悪いと評判のシナイ半島の紅海沿いにある町・ダハブ。美しい海と多彩な生態系を有したダイビングスポットとして著名なこの地は、世界で最もコスパの良いリゾート地ともいわれている。

その理由のひとつがその物価の安さだ。例えば、宿でいえばドミトリーで良いのなら、20エジプシャンポンド。日本円にすると、たった200円ちょっとで一泊できてしまう。また、レストランなどでの外食もとても安く、ツーリスト向けのレストランでさえ、一食20〜25ポンドくらいの安い定食が用意されているという激安ぶりなのだ。しかも、味のほうも結構いける。魚や鶏肉など、ちゃんと動物性たんぱく質を摂取してもこの値段。つまり、1日3食、しっかりと食べたとしても1日日本円にして1000円くらいで暮らすことができる、ということになる。

2.

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しかもこのダハブという町は、ダイビングのライセンスが格安で取得できることでも有名で、ここでは日々、多様な国籍のダイバーたちが大量に生み出される。日本人たちもそうで、というか、日本人は昔から一大勢力のようになっていて、日本人宿が1軒、準日本人宿ともいえるところが1軒、存在しているほどだ。これらの宿には一時期は、もう泊まることができないほど大勢の日本人が訪れていたらしい。もちろん今でも、多くの日本人訪れてはいるが、当時の盛り上がりを見聞きするに、その規模は相当縮小してしまっている。

その理由のひとつは、このダハブがあるシナイ半島がISの関係で危険なエリアに指定されているということがあるだろう。けれども不思議なことに、日本人は極端に減ってはいるが、韓国や中国からの旅行者たちは、日本からの旅行者の減少とは反比例するかのように、一大勢力としてダハブに集まり続けている。その話をダハブでカフェを経営しているエジプト人と結婚した韓国人の女性に話してみたら、韓国でも治安が悪くなってることは政府からいわれているけど、みんなあまり気にしてない、とのことだった。性格の違いというか、国と民衆の関係というか、そういうのもやはり影響しているのかもしれない。

ダハブを訪れて、僕はそれでもうひとつの目的を果たしたような、何か願いが成就したような気持ちになっていたのだけど、やはりダイビングのライセンスくらいは取得しておこうと思い、オープンウォーターとアドバンスという2つのライセンスを取得することにした。取得までの期間は5日。この間に1日2回はタンクを背負って、海にダイブすることになる。アドバンスでは、それにプラスしてナイトダイブもあるので、計11本のダイブを経験したことになる計算だ。どちらかというとインドア派で、それでも山か海かと言われると山と答えるであろう僕を、ダイビングのライセンスへと走られたのは、旅の楽しみのひとつにその場所の景色というものがあるからだ。ダイビングをすると、地上からは見ることができない、別の風景を見ることができる。それを見たい、というわけ。

3.

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ちなみに多くの日本人たちがこのダハブという町を訪れていた時代。ここでは多くのカップルが誕生したという。そのきっかけのひとつが、このライセンスの取得だった。ダイビングをする時、バディと呼ばれる相棒と一緒に潜るのだが、このバディを多くの場合、男女ペアに組まされていたそうなのだ。そして、2人で課題をこなし苦楽をともにすることで、カップルが誕生する、というわけである。それが「恋するダハブ」と呼ばれる由来なのだそうだ。ちなみに、僕がライセンスを取った時のバディは、日本人の男性だった。そういうこともあり、ライセンスの取得は極めて淡々としたものだったといえるだろう。

ライセンスを取得した後も、しばらくダハブに残っていた。単に居心地が良かったということもあるし、次に向かう国であるタンザニア行きの飛行機の日時が随分と先のことだったということもある。しかし、その滞在の結果、なんとなく昔はこんな感じだったのかなと思えるような状況に遭遇することになる。多くの日本人がダハブに集ったのだ。日本人宿のディープブルーとセブンヘブン。この2つの宿の日本人が結集し、一緒に夕食を食べるようになっていった。その人数は少しずつ増していき、一番多い時には、10人に届いたほど。僕たちは、夜になれば、宿の共有スペースに集まり、どこかへ夕食を食べにいき、そして、「人狼」をして遊んだ。この「人狼」、「ダハブ」というゲームとルールがほとんど同じもので、村のなかにはいりこんでいる人狼を探して排除していくというルール。村人のなかには、占い師や騎士などの特殊能力があるキャラクターを存在していて、それらの能力を駆使しながら人狼を見つけ出すというゲームだ。

結局、トランプが見つからなかったこともあり、ダハブでダハブをすることは、今回、叶えることはできなかった。しかし、その記憶の痕跡を手繰り寄せて、日本人の多くがこの町に集まっていた頃の姿が、少しの間だけそこに再現されたような気がした。さまざまな時間と空間が宙を浮いていて、そのひとつを捕まえられたような。そのひとつの止まった時間に形を与えたのである。それは言ってみれば、演劇的な営みでもあっただろう。日本からきた旅人たちに昔から言い伝えられていたダハブの状況を、そこに「再現」したのだから。みなが同じ場所のイメージを共有し、そこにイメージの具現化を召喚する。日常的にこのような召喚は行われているものだが、それはほとんど、祈りのようなものだったかもしれない。

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