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1.

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エジプト・カイロを訪れて思い出したエピソードがある。僕がまだ、大学の学部時代だった頃のことだ。ある後輩が、なんとなく深刻な感じになっていて、何度か相談めいたものを受けていた。その後輩の女の子は、当時、大学のエジプト関係の研究会に所属していた。その研究会は、いわゆるサークルといった軽いノリのものではなく、かなりガチで硬派なものだったという。その研究会のなかの緊張感のようなものは、その彼女から聞いていた。まず、その彼女からされた相談ごとというのは、最近、彼氏と別れたということだった。何度か食事をしたりしながら、その内容に耳を傾けていた。かなり追い詰められていたように見えたのは、彼女自身も言っていたことだが、その元彼氏に精神的に全面的に頼っていたからのようだった。その精神的支柱を失って、相談相手を求めて僕のところに来た、ということなのだろう。知り合ってもう数年になっていたし、そんな相談されるのも別に不自然ではない関係ではあったし、それだけなら多分、こんなにも記憶に残っていないかもしれない。彼女が僕に相談を持ちかけたのは、もうひとつの理由があった。それは宗教に関するものだった。

2.

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彼女はどうも宗教の勧誘に悩んでいたようだったのだ。話をきいていると、普通に友だちとして遊んでいた人たちが、とあるキリスト教系の新興宗教の信者だったらしく、ある程度、仲良くなってからカミングアウトされたらしい。そして、勧誘されていると。僕は大学時代は思想史などもやってたので、それで相談したのだそうだ。そしてその話は、宗教の内容にまで踏み込んでいくものにもあった。彼女は、その友人たちの宗教についての社会的な評価など、まるで知らないようだった。ただ、その友人たちの話した内容を、その宗教そのものとして受け取っているように見えた。僕は当時、今よりさらにリベラルよりというか、信仰の自由は人間の重要な権利と考えていたので、それぞれの立場を最大限に尊重しながら、さまざまな思想的な系譜のようなものを説明していたように思う。ただ、彼女から聞いた話で気になったのが、その宗教の信者たちの選民意識の高さだ。そして、その教義の内容にもちょっと引っかかるところがあった。たとえば、その宗教では、イエス・キリストの人格をひとつの人間の理想として、それに近づくことが重要だと考えている、ということだ。そこが引っかかって、行きつけのバーに偶然居合わせた、プロテスタント系キリスト教の牧師さんにその話をしてみたのだが、その人がいうには、そのような教義があるのは完全に「異端」だという。まず、一般的なキリスト教ではない、とのことだった。

3.

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それはさておき、僕はその後輩に実質的に有益と思われるアドバイスができなかったと記憶している。そのことは彼女が僕に相談にしに来た理由と重なっている。その宗教が異性との付き合いに、かなり厳しかった、ということなのだ。いろいろと話を聞いて、僕には彼女があるふたつの選択肢を提示しているのではないか、という思いに至るようになった。そのふたつとは、以下のようなものだ。ひとつは、その宗教に入信してその友だちとやっていくこと。もうひとつは、僕が彼女と付き合う、ということ。つまり、こういうことだ。その後輩は、どういった経緯なのか分からないが、一番の心の支えになっている彼氏と別れることになった。それは彼女にとって、とても深刻なことで、とてもひとりでは耐えられない状態に追い込まれていた。そこに、宗教の勧誘を受けることになる。心の拠り所を喪った彼女の心は、当然のように、そこになびいていく。救いを求めて。彼女はすでに、多くの教義を聴かされ、実際にその教えから背くような行為をすると、恐怖を感じるほどになっていた。このような恐怖による支配は、いわゆる「カルト」と呼ばれるものの特徴のひとつだという。

4.

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しかし、まだ完全に入信しきっているわけではなく、その宗教団体が一般的には、あまり評判が良くなかったこともあり、僕に相談してきた。そして、相談を始める前からか、後からは分からないが、その悩みはなぜか、その宗教に入信するか、その宗教の禁を破り僕と付き合うか、という選択肢になっていた。結局、僕は彼女と付き合うことにはならなかった。その時の選択が正しかったことなのは、分からない。いや、今になって考えると普通に付き合っていた方が良かったのかもな、とふと思うことがある。今でも数年に一度、その時のことを思い出して名前をGoogle検索してみることがある。でも、その姿はネットのなかには現れない。所属したエジプト関係の研究会の幹事長を務め、大学卒業後は、小さな旅行会社に就職したことまでは聞いていたが、そのあとのことは、風の便りにも聞こえてこない。今もし、充実した幸せな日々を送っているのなら、それが一番いいのだけれど。

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