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この記事の所要時間: 156

Japanese traditional style shops / 和風建築(わふうけんちく)

※この記事は、2011年3月26日のはてなダイアリーで公開したものです。
独自ドメイン取得にあたって再掲載。

 

 僕が今まで行ってきた国々は随分とアジア圏に偏っている。今日はちょっとその理由について、ちょっと書いてみようかと思う。

 大学卒業後、積極的にアジア圏に出向いたのはそこに空白があったからだ。大学時代は専攻がドイツやフランス中心の哲学・社会学周りだったので、その歴史や考え方には随分と触れていた。けれども、例えば世界の総体を考えた時に、そこには地理的な想像力の空白があった。この日本から欧州や米国との間にある空間が、あまりにも端折られているように感じられたのだ。その空白をつなぎ、自分の学んだものと実際の世界の状況との間にある落差を埋めて、地続きにしたかった。そうでなければ、この日本の現実の中で、地に足がついていないように感じられたからだ。それまで自分が知識と身体に蓄えてきた世界。それと実際に観て確認した世界との間にはどのような差異があるのか。それが知りたかったし、自分の世界観を正確な「世界」に近づけたかった。だから、西へ向かった。海路と陸路のみで。

 アートに関しても何事でもそういった構造はあると思うのだけども、何か戦略を考える時に、中心に打って出るか辺境から攻めて行くのか、という違いが生ずる。
 例えば、シェアハウスを例に上げると、シェアで暮らす時に経済的に楽なのは都心ではなくそこから少し離れたところだ。そこで一軒家でも借りてそこから、中心とは別の文脈を作っていく。けれども、それをあえて中心でやることの意味を戦略として持たせることもできる。圧力の高い場所で戦っていくこと、そのことによって、強度を保ったりクリティカルな影響力を持つことを試みたり。

 当時の僕は、周辺から知識や経験をかき集め、中心に打って出るという意識を持っていた。あれから随分と経つが、あの頃理想としていた状況に今、自分自身がないことは僕自身が一番よく知っている。世の中は変わっていった。一昔前の理論が無効になってしまうくらいに。捨てていってしまうのは大きな痛みが伴うけれど、それでも何とか先を進めて行かなくてはならない。それが当時の自分への最低限の「応答」だと思うから。

 

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