この記事の所要時間: 140

※ブログをひとつたたむので、こちらに転載。

もう今から9年くらいに前の話になる。

はじめに香港に渡った。今考えるとなんでそうしたのか不思議だが、いわゆるガイドブックや地図は持たずに、ぶらぶらと街を歩いていたのだが、さすがに何の手掛かりもないのは辛くて、お店で地図を買ったのを覚えている。香港では、魔窟とも言われる重慶大厦に一泊したが、すぐにそこから北上して広州を目指した。香港から深圳へ抜けて、広州へ。

なんか香港から出る時、色々持ち物とか検査されて何か早口で聞かれたのだが、中国語が伝わらないと分かるとちょっと嫌な顔をしてすんなり通してくれたのを覚えている。もちろん、めんどくさかったのだろう。

なんだかんだで広州の駅に辿り着いた。駅前は治安が悪いものだが、とある青年がいきなり絡んできてなんだが怒ってて僕の服を掴んだりされたけど、無言で睨み返したりしたら離してくれた。それで、あまり駅前をふらふらしないほうがいいなぁと思い、街中に入っていった。

香港とはまた別の地方都市の生活感の街をずいぶんと歩いて、その日の宿も探した。前情報もほとんど調べてなかったし、ガイドブックも持っていなかったので、適当に宿に当たる。一泊目は、その辺のおばちゃんに適当に紹介された小さなホテル。たぶん、おばちゃんにはキャッシュバックがあるのだろう。宿の人と相談もしていたし。一泊100元(約1500円)だった。結構きれいなところで、バックパッカーとしてはちょっと贅沢だった。それで、次の日はもっと安い宿を探した。

次の日に見つけた宿は宿というよりも、間貸しのようなところだった。いや、ようなではなく間貸しだった。シャワーもトイレもそこに住んでいた老夫婦と同じだったし、家の空いてる部屋を一泊50元(約750円)で貸していたのだ。

朝起きて早い時間、多くの人たちが仕事に向かう時間に道端で売っていた1元(約15円)の出来たて新鮮な豆乳の美味しさをよく覚えている。